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福岡高等裁判所 昭和57年(う)261号 判決 1983年9月02日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人丸山隆寛、同太田晃がいずれも連名で差し出した控訴趣意書及び補充控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官清水鐡生が差し出した答弁書に記載されたとおりであり、更に、当審の審理における弁護人らの主張は、弁護人丸山隆寛、同太田晃が連名で差し出した「弁論要旨」と題する書面に記載されたとおりであり、検察官の主張は、検察官清水鐵生が差し出した「弁論要旨」と題する書面に記載されたとおりであるから、ここにこれらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

控訴趣意中原判示第一の事実に関する事実誤認の主張について

所論は、要するに、被告人が、原判示第一の日時、場所において同判示のとおりの電話をかけたのは、A女に対し、当時被告人がその審理を担当していたA女の窃盗被告事件に関する被害弁償の情況を尋ね、これに関する助言を与えるつもりの親切心からであり、また、被告人が喫茶店「カーミン」(以下、「カーミン」という。)でA女と会うようになつたのも、A女の方から進んで出向いてきたからであつて、A女としても、その時刻、場所などからして、被告人から職務上出頭を求められたものと誤信するはずはないのに、原判決が、信用性のない証人A女の原審公判廷における供述及び原審第二回公判調書中の証人A女の供述部分(以下、これらを「A女の供述」という。)を証拠として採用し、原判示第一の事実を認定したのは事実を誤認したものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかし、原判示第一の事実に関するA女の供述は十分信用するに値するものであり、これを含む原判決の挙示する各関係証拠によると、原判示第一のとおりの事実を優に認めることができ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果に徴しても、原判決の右事実の認定に誤りがあるものということはできない。

すなわち、原判示第一の事実に関するA女の供述は、A女が、被告人からの電話で「カーミン」前に出向き、被告人と会うようになつた経緯、被告人と会つてから交わした会話の内容及び被告人の言動などの一部始終について、原判示第一の事実に直接副う内容のものであるところ、A女の供述によると、殊に、A女が、自己の窃盗被告事件の担当裁判官である被告人から突然電話がかかつてきて、「例の件の弁償はどうなりましたか。」「これから弁償のことで、ちよつと会えないかな。」などと申し向けられ、とまどいながらも、被害弁償の用件で呼出しを受けたのであるから、何が何でも行かなければならないと考え、そのときのジーパン姿、ズックばきで化粧もしないままタクシーに飛び乗るようにして「カーミン」に出向いた、というのであつて、その内容は、当時のA女の心情、行動を率直に述べているものであつて、そこに何ら不自然な点はなく、また、A女の供述によると、被告人が、A女に対し、被害弁償に関連して、刑の執行猶予の言渡しを受けるための最低の弁償額、弁償しない場合実刑の可能性があること及び刑の量定権限が被告人の手中にあることなどを示唆する一方、A女の姿格好が被告人の、前に付き合つていた女性によく似ているなどと申し向けて、私的にA女の気を引くような話題を持ち出し、「カーミン」内では、自己の当初腰掛けた席からわざわざA女の隣の席にその席を移さなければならないような店内の客のこみ具合ではなかつたのに、下心の見え透いたような態度でA女の隣に席を移し、A女に対しその耳元でささやくように話しかけたり、「カーミン」を出てからも、A女と連れ立つて歩きながらA女の腰に手をまわしたりするなどの振舞に及んだうえ、先程の電話は交際を求める趣旨のもので、この次に会うときは誘惑するかも知れないと情交を求める意向をほのめかした、というのであつて、その内容は、当時の被告人の言動につき極めて具体的に供述しているものであつて、殊更に、いやしくも裁判官であつた被告人を陥れようとして偽証の罰を覚悟してまで被告人の不利に虚偽の供述をしているような作為の跡も見受けられない。以上のような点に照らすと、原判示第一の事実に関するA女の供述は、その信用性を肯認するに十分である。この点につき、所論は、(一) 先ず全般的にみて、(1) A女には、原審公判廷において供述するに至るまでの経緯に照らし、検察官に迎合して殊更被害者的立場を強調しなければならない事情があつたこと、(2) A女の供述内容自体からも明らかなように、A女にはその場その場でうそをつく性格があること、(3) A女は特異な性格の持主であること、(二) 更に原判示第一の事実に関する個別的な点についても、(1) A女が被告人からの電話を受けたとき、A女の傍らに家主のT男がいたので、A女としては、電話口では話しにくい事情があり、A女の方から自らの意思で「カーミン」に出向くことにしたとみられる情況にあつたこと、(2) 被告人は、小倉の地理に疎いのに、具体的な飲み屋街の名を挙げるなどしてA女との会話内容につき反対尋問をしているが、小倉の飲み屋街に詳しいA女から聞いていたからこそ、そのような反対尋問をすることができたのであつて、この一事のみをとつてみても、A女の方から被告人を誘惑しようとして話しかけていたことは明らかであること、以上のような点を挙げて、A女の供述には信用性がないというのである。しかし、(一) 所論指摘の全般的な点についてみると、(1) たしかに、A女が、原審公判廷において供述する前に、先ずB女に打ち明け、次いで報道関係者の取材に応じて語り、更に検察官の取調べに対して供述していることは記録上明らかであるが、本件の核心部分に関する供述内容は、その前後を通して一貫しており、先ずB女に打ち明けたときのA女の態度には、B女の原審公判廷における供述によると、誰かに言わなければやりきれないという思いから吐き捨てるように話していた様子もみられた、というのであるから、当初から屈辱感をあらわにしていたふしがうかがわれ、次いで報道関係者の取材を受けるようになつてからのA女の態度にも、次第に被害者的立場を強調していつたような変転の跡は見受けられず、更に、A女自身本件の贈賄被疑者として検察官の取調べを受けたことがあるからといつて、その故のみをもつて、直ちにA女が原審公判廷においても検察官に迎合する供述をしたものと断ずるのは短絡的に過ぎること、(2) A女自身も自己の窃盗被告事件に関する供述あるいは本件に関する供述の中で認めているように、うそをついている場面がないではないものの、別件の窃盗事件を犯した際にうそをついたことがあるということまで取り上げて、A女に虚言癖があるかのように推断するのは相当ではなく、また、本件に関する被告人との会話の中に出てくるうそなるものは、その前後の供述内容から推して、男女の交際を求めようとする被告人の意図を察知したA女が、被告人から避けるための口実などとして口にしたものであることが明らかであるから、それが、別段A女の供述の信用性を損なうものとは考えられないこと、(3) 本件のA女と同じような立場に置かれた女性が果して相手と情交関係を結ぶかどうかは、もとより一概には断定することはできないが、A女の供述にあるように、情交関係を結ぼうと考えたからといつて、このような考えの持主が特異な性格の持主であるということにはならず、また、A女が自己の犯した窃盗事犯の当の被害者であるB女に対して先ず本件を打ち明けたことについても、A女の供述にあるとおり、誰かに胸のうちを訴えたい思いにかられたものの、最も事件の内容を熟知している身近のB女以外に相手がいなかつたからである、という説明をもつて首肯することができるのであつて、A女の性格がその供述の信用性を左右するほど偏つていることをうかがわせるような証跡はないこと、以上のとおりであるから、全般的な点に関する所論にかんがみ検討しても、A女の供述の信用性を認める妨げとなるような事由を発見することはできず、(二) また、所論指摘の個別的な点についてみても、(1) A女自身は、別段電話口で弁償問題の話をしにくい事情があつたようには述べておらず、たとえ傍らにT男がいたにせよ、その場を取り繕うぐらいのことはできたはずであると思われ、A女の方から進んで出向くことを自ずと納得させるような情況はうかがえないこと、(2) 更に、被告人が小倉の飲み屋街の名を挙げるなどしてA女に反対尋問をしたことについても、被告人の小倉簡易裁判所における勤務歴から推して、被告人がすでにその程度の知識を持つていたとしても別段不自然ではなく、それが直ちにA女の方から被告人に対し飲みに行かないかと誘いをかけたことの証左になるとは思われないこと、以上のとおりであるから、所論指摘の個別的な点も、決してA女の供述の信用性を損なうものではない。

以上のような原判示第一の事実に関するA女の供述と対比して、被告人の原審公判廷における供述、原審第一回公判調書中の被告人の供述部分、被告人の当審公判廷における供述、被告人の検察官に対する供述調書六通及び被告人作成の上申書(以下、これらを「被告人の供述」という。)についてみると、被告人が、現に審理中の、A女に対する窃盗被告事件の第二回公判期日の後である原判示第一の七月一一日A女に対し右窃盗被告事件の被害弁償の点を用件として電話をしたうえ、「カーミン」前でA女と落ち合つて、「カーミン」内でコーヒーを飲み、更に、「カーミン」を出て堺町公園付近までA女と連れ立つて歩いたことそれ自体については、被告人の供述もA女の供述と符合しているのであるが、A女と「カーミン」前で落ち合うようになつた経緯、その後の情況などについては、被告人の供述は、事毎にA女の供述と相反し、所論に副うものであるところ、被告人の供述中所論に副う部分は、いずれも到底信用することはできない。すなわち、被告人の供述によると、被告人がA女に電話をした意図、A女と会うようになつた経緯について、被告人は、A女の窃盗被告事件の被害者であるB女が強く弁償を求めているのに、A女が一向に弁償しようとせず、弁償の重要性、必要性を理解していないようであつたので、持前の親切心から、A女に対し弁償の情況を尋ね、弁償の重要性などを説明し、一言助言を与えるつもりで電話をしたのであり、それも電話だけで用件を済ませるつもりであつたのに、A女の方から「カーミン」を指定して出向いてきたので、A女と会うようになつた、というのであるが、如何に被告人が強い親切心を持ち、B女が被害弁償を望んでいたにしても、裁判官が、現にその審理を担当している被告事件の被告人に対して、被害弁償の情況を尋ねるために喫茶店で書記官、弁護人を介さず直接その被告人に接触するようなことは、およそ裁判官としての立場から(A女の立場からでないことはもとより、他の一般人の立場からでもない。)みて考えられることではないから、被告人に単なる親切心のほかには何ら他意がなかつたとは到底思われず、また、電話だけで用件を済ませるつもりであつたというのであるならば、電話でそのようにはつきり伝えるなり、そのような自己の内心の意思に副つた応対をすればそれで事は済むのに、被告人の供述に現われている被告人の言動をみても、被告人が述べるような内心の気持に相応する態度をとつた形跡は全く見受けられないのである。更に、被告人の供述によると、A女に会つてからの情況などについて、被告人は、A女から弁償をしていない事情を一通り聞いた後、A女に対し弁償の重要性について説明したが、それ以上弁償の有無と量刑の関係など具体的な話をしたことはなく、「カーミン」内でA女の隣に席を移したのは、周囲の席がこんできたので、話し易いようにそうしただけであり、A女が以前被告人の付き合つていた人に似ているという話をしたのも、被告人の口癖のひとつであつて、別に他意はなく、「カーミン」を出てからも、被告人の方から積極的にA女を誘つたわけではなく、わざわざ出向いてきたA女を送つて行こうという気持で連れ立つて歩いているうち、A女の方から飲みに行かないかなどと誘いかけてきたので、被告人もこれに一応調子を合わせていただけである、などというのであるが、もともと被告人としては、A女に対し弁償の重要性などを説明し、これを理解させるために電話をしたというのであるから、端的に弁償をしないと実刑になりかねないことを話せばよいわけであつて、むしろ、弁償の有無と量刑の具体的な関連性に立ち入つて説明しないことの方が不自然、不合理であり、「カーミン」内でA女の隣に席を移したことや私的な話題を持ち出したことについても、被告人の述べるような言訳には説得力が乏しく、また、A女を送つて行くつもりで連れ立つて歩いたなどという点についても、当時被告人としては通勤に長時間を要し早く帰宅したい気持を持つていたというのであるから、そのような被告人がわざわざ帰宅時間を大幅に遅らせてまでA女を送つて行くということは、被告人の強調する親切心を考慮に入れても、到底理解することのできない不自然な行動であるというほかない。

そして、以上のとおり信用性の認められるA女の供述に現われている被告人の言動、殊に、「カーミン」を出てA女と連れ立つて歩いているときの被告人の言動は、被告人が男女間の交際を求める気持を持つてA女に接していたことを端的に示しているものであり、ひるがえつて、被告人がA女に電話をした意図について考えてみても、表向きは、前記のとおり弁償問題を用件にしてはいるものの、特にさしせまつた必要性があると思われないのに、酒席からの帰りの午後八時四〇分ころという時刻にわざわざ電話をかけて呼び出していることからすると、それがA女との男女間の交際を求める意図があつての電話であることは明らかであり、更に、A女の供述に現われている被告人からの電話を受けたときのA女の心情、行動に徴すると、A女が自己の窃盗被告事件の審理を担当している裁判官である被告人から職務上出頭を求められたものと誤信して「カーミン」に出向き、被告人と同席したものであることもまた明らかであるといわなければならない。この点につき、所論は、被告人が当初からA女との交際を求める意図で電話をしたというのであれば、それ相当の動機、計画性があつて然るべきはずであるのに、それがないこと、被告人の日頃の性行にもなんら問題になるような行状がみられないことなどの点を指摘して、被告人がA女との交際を求める意図で電話をしたとみるのは不自然である、というのであるが、そのような点は、いずれも、一般論としては全く考えられないではないにせよ、被告人にA女との交際を求める意図があつたことを認定する妨げとなるほどのものではなく、現にその後被告人においてA女との交際を求める気持をあらわにしている以上、当初電話をしたときの被告人の気持の底にA女との交際を求める気持が全くなかつたとは到底考えられないところである。また、所論は、被告人がA女に電話をかけたことを呼出しであるとみるにしても、出頭すべき場所、時刻が普通裁判官の勤務する場所、時刻ではないうえ、被告人も法服を着用していなかつたことはもとより、検察官、書記官の立会も調書、メモの作成もなかつたのであるから、このような呼出しは、裁判官の職務行為としては通常ありえない形態のものであり、これまで数回刑事事犯を犯し、被告人として裁判を受けた経験を持つA女としては、これを裁判官の職務行為であると誤信するはずがないというのであるが、被告人は、A女に対し、自己の官職、氏名を名乗り、現に担当している窃盗被告事件の弁償情況を尋ねることを表向きの用件として電話をかけ、A女を呼び出したうえ、A女に対し一応弁償に関する話もしたわけであるから、その内容においてこれが事実上の公判準備と異なるところがないことは原判決の説示するとおりであり、一般人、特に刑事裁判の被告人という弱い立場にある者の側からすると、右のような呼出しが担当裁判官の職務行為として全く考えられないほど時間的、場所的に非常識なものでもないので、それが裁判官の職務行為としての外形を備えていることはこれを否定し去ることができず、A女が、たとえ被告人として刑事裁判を受けた経験があるとはいえ、本件電話による呼出しを担当裁判官である被告人から職務上出頭を求められたものであると誤信して「カーミン」に出向いたことも十分納得できるところである。もつとも、原判決は、被告人の原審公判廷における供述、原審第一回公判調書中の被告人の供述部分及び被告人の検察官に対する供述調書六通をも証拠として挙示しているのであるが、原判示第一の事実からすると、原判決も、右の各証拠のうち前記の信用することができない部分はいずれもこれを採用しない趣旨であることが明らかである。論旨は理由がない。

控訴趣意中原判示第一の事実に関する法令適用の誤りの主張について

所論は、要するに、原判示第一のように裁判官が担当被告事件の被告人を事実上呼び出すことは、もともと刑法一九三条にいう「職権」の行使に含まれないのに、原判決が、これを右「職権」の行使に含まれるとしたうえ、被告人の所為を刑法一九三条に該当するとして処断したのは法令の適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかし、原判決が被告人の原判示第一の所為を刑法一九三条に該当するとして処断したことは正当であり、所論にかんがみ検討しても、原判決の右法令の適用に誤りがあるものということはできない。すなわち、刑法一九三条にいう職権の濫用とは、公務員が、その一般的職務権限に属する事項につき、職権の行使に仮託して実質的、具体的に違法、不当な行為をすることを指称するが、右一般的職務権限は、必ずしも法律上の強制力を伴うものであることを要せず、それが濫用された場合、職権行使の相手方をして事実上義務なきことを行わせ又は行うべき権利を妨害するに足りる権限であれば、これに含まれるものと解すべきであるところ(最高裁判所昭和五五年(あ)第四六一号同五七年一月二八日第二小法廷決定。)、裁判官が、第一回公判期日後、担当被告事件の被告人に対し、その被告事件についての被害弁償の情況を尋ねこれに関する助言を与えるため出頭を求めることは、被告事件の適正かつ迅速な審理を行うため必要な場合である以上、原判決の説示するとおり、訴訟指揮の一態様であつて、裁判官の一般的職務権限に属するものというべきであり、また、それが法律上の強制力を伴つていないにしても、担当裁判官が被告事件に関し被告人の出頭を求めるという事柄の性質上、相手の被告人に対し、これに応ずべき事実上の負担を生ぜしめる効果を有するものであることはこれを否定することができないから、それが濫用された場合、相手の被告人をして義務なきことを行わせるに足りるものとして、職権濫用罪における裁判官の一般的職務権限に属するものと解するのが相当である。そして、被告人は、原判示第一のとおり、担当被告事件の適正かつ迅速な審理を行うためという正当な目的からではなく、担当被告事件の女性被告人であるA女に対し交際を求める意図であるのに、右正当な目的により出頭を求めるものであるかのように仮装して出頭を求め、A女をしてこれに応じさせ、自己と同席させたのであるから、これが刑法一九三条にいう「職権」を濫用して義務なきことを行わせたことに該当することは明らかである。論旨は理由がない。

控訴趣意中原判示第二の事実に関する事実誤認の主張について

所論は、要するに、被告人は、原判示第二の日時、場所において、男女間の愛情に基づくものと信じ込んでA女と情交関係を結んだのであるから、被告人には賄賂性の認識がなかつたのに、原判決が、信用性のないA女の供述を証拠として採用し、原判示第二の事実を認定したのは事実を誤認したものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかし、原判示第二の事実に関するA女の供述も十分信用するに値するものであり、これを含む原判決の挙示する各関係証拠によると、原判示第二のとおりの事実を優に認めることができ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果に徴しても、原判決の右事実の認定に誤りがあるものということはできない。

すなわち、原判示第二の事実に関するA女の供述も、A女が原判示第一の七月一一日被告人から再会の約束を求められてこれに応じた経緯、そして、前記のA女に対する窃盗被告事件の第三回公判期日の前日である原判示第二の七月一五日「カーミン」前に出向くまでのA女の心情、更に、丸山旅館で被告人と情交関係を結んだ前後の情況などの一部始終について、原判示第二の事実に直接副う内容のものであるところ、A女の供述によると、殊に、A女が、原判示第一の当日「カーミン」を出て、被告人と連れ立つて歩いていた際、被告人から、交際を求めるつもりで電話をした旨ほのめかされたうえ、執拗に再会方を求められたので、むげに断つて自己の被告事件の担当裁判官である被告人の心証を害してもいけないと考え、一応七月一五日に再会することには応じたものの、これを断る方法を考え、七月一五日当日も、約束の時刻に「カーミン」の被告人に電話を入れ、友達と会うので遅くなるという口実を設けて婉曲に断ろうとしたが、被告人から「遅くなつても待つている。」と言われたので、やはり約束どおりに行かないと被告人の心証を悪くして裁判結果が不利になると思案し、さきに被告人から刑の量定権限が被告人の手中にあることを示唆されたうえ情交を求めるかも知れないということもほのめかされていたので、自己に寛大な判決を受けるには被告人の求めに応じて情交関係を結ばざるをえないと観念して、「カーミン」前に出向いた、というのであつて、その内容は、当時まだ弁償の見込みも立つていなかつた情況下における、右第三回公判期日の前日のA女の不安感、内心のかつとうなどを如実に述べているものであつて、極めて説得力に富み、また、A女の供述によると、A女が、「カーミン」前で被告人と落ち合うや、被告人が先になつて「カーミン」脇の路地を船頭町方面に歩き出したので、一緒について行つたところ、丸山旅館前に至り、被告人から「ここで休もう。」と言われて腕を引かれたので、二人で丸山旅館に入り情交関係を結んだが、情交関係を結んだ後、被告人から「これで君も大丈夫だね。」と言われ、更に、小倉駅構内で、別れ際に、被告人から、全然弁償していないと裁判をやりにくいので、弁償金の一部にするようにと、現金五万円を渡されたというのであつて、その内容は、自己が直接体験した被告人の言動を具体的かつ詳細に供述しているものであつて、原判示第一の事実に関するA女の供述に引き続き首尾一貫しているうえ、当時のA女と被告人との関係、すなわち、女性被告人とその担当裁判官という関係を端的に反映した供述内容であり、これまた偽証の罰を覚悟してまで被告人の不利に虚偽の供述をしているような作為の跡は見受けられない。以上のような点に照らすと、原判示第二の事実に関するA女の供述についても、その信用性を優に肯認することができる。この点につき、所論がA女の供述に信用性がないとして指摘する全般的な点については、それらがいずれもA女の供述の信用性を認める妨げとなるものでないことは前記説示のとおりであり、また、所論が原判示第二の事実に関し個別的に指摘している点についてみても、所論は、A女が、丸山旅館内で、自分の弟が福岡市西区に住んでいるという私的な話題を持ち出したり、情交関係を結んだ後おしぼりを作つて被告人に渡したりしたこと、A女が、被告人と情交関係を結んだ後の八月一一日ころ、B女に対し、被告人から金銭的な援助を求めようかと思つている旨もらしたこと、以上のような点を挙げ、これらはA女が被告人の愛情を感じ取つていたことの証左であるとして、A女の供述には信用性がないというのであるが、丸山旅館内で所論指摘のようなA女の言動があつたにせよ、情交関係を結ぶことによつて贈賄しようとする女性の言動として、あながち不自然であるとは思われず、そのようなA女の言動があつたからといつて、A女が被告人の愛情を感じ取つていたことの証左になるわけではなく、更に、A女がB女との会話の中で所論指摘のような話をしたことがあつたにせよ、その後A女が被告人に対し金銭的な援助を求める話を現実に持ち出したことがないことはもとより、そのような素振りを示した形跡も見当たらないのであるから、A女としても、本気でそのように考えていたとは到底思われないところであつて、いずれも原判示第二の事実に関するA女の供述の信用性を損なうものではない。

以上のような原判示第二の事実に関するA女の供述と対比して、被告人の供述を検討すると、被告人が、原判示第一の七月一一日A女と会つた際、次の再会を約束し、原判示第二の七月一五日「カーミン」前でA女と落ち合つた後丸山旅館においてA女と情交関係を結び、更に、小倉駅構内で別れ際にA女に対し現金五万円を渡したことそれ自体については、被告人の供述もA女の供述と符合しているのであるが、A女と再会の約束をするようになつた経緯、「カーミン」前でA女と落ち合つてからの情況などについては、被告人の供述は、事毎にA女の供述と相反し、所論に副うものであるところ、被告人の供述中所論に副う部分は、いずれも到底信用することはできない。すなわち、被告人の供述によると、被告人がA女と再会の約束をするようになつた経緯について、被告人は、原判示第一の七月一一日の別れ際、A女に対し後日弁償に関する返事を聞かせてもらいたいと言つたところ、A女の方から七月一五日に「カーミン」前で会うことを提案したので、そのように再会の日時、場所を約束した、というのであるが、被告人がA女に対し弁償情況を尋ねこれに関する助言を与えたにしても、これに対するA女の態度は次の公判期日(七月一六日)には明らかになるわけであつて、被告人としては次の公判期日の前にどうしてもA女の返事を聞いておかなければならないような緊急性、必要性があつたとは思われず、また、A女にしても、当時弁償のできる見込みはなく、A女の方から積極的に被告人との再会を望むような事情も見当たらないので、右のような被告人の供述は不自然、不合理であるというほかない。また、被告人の供述によると、「カーミン」前でA女と落ち合つてからの情況について、被告人は、A女と二人で自然と船頭町方面に歩いて行き、丸山旅館前でA女から「付き合つてもいいですよ。」と誘われたので、同旅館内でA女と情交関係を結んだが、情交関係を結ぶにあたつてのA女の態度は極めて積極的であつて、被告人とA女との情交関係は双方の愛情によるものであつた、というのであるが、被告人は、前記のとおり、弁償に関するA女の返事を聞くために再会の約束をしたというのであるから、先ず弁償に関する返事を聞くのが筋合いであると思われるのに、A女と落ち合うや否や、船頭町方面に歩いて行くというのは理解に苦しむ行動であり、むしろ、被告人とA女との間に当初から船頭町方面に足を向けることについての暗黙の了解があつたとしか思われず、更に、丸山旅館に入る直接の切つ掛けになつたというA女の誘いも、被告人の検察官に対する昭和五五年一〇月二一日付供述調書では、必ずしも端的に誘い掛けられたわけではなく、「余りゆつくりはできないんですけど。」と単になぞをかけられたと述べていたのに対し、被告人の原審及び当審各公判廷における供述並びに被告人作成の上申書においては、一段とはつきり誘い掛けられたように述べ、次第に誇張して供述しているふしすら看取される。なお、当時裁判官であつた被告人とその担当被告事件の被告人であつたA女との間に、情交関係を結ぶに至るほどの愛情が生じるということは、裁判官の立場からみて、普通では到底理解することのできない極めて異常な事態であるというほかないのに、そのような異常な事態に立ち至つたことを十分納得させるような被告人の供述は存しない。

そして、以上のとおり信用性の認められるA女の供述に現われている情交関係を結ぶにあたつてのA女の心情、これに関連した被告人の言動に徴すると、A女が、自己の窃盗被告事件につき寛大な判決を受けたいとの趣旨で、担当裁判官である被告人の求めに応じて被告人と情交関係を結んだことはもとより、被告人においても、A女がそのような趣旨で情交に応ずるものであることを十分知りながら、A女と情交関係を結んだことは明らかであるといわなければならない。この点につき、所論は、男女間の情交というものは、金品の贈与などと異なり、賄賂としては特殊な形態のものであり、しかも、本件の場合贈賄者とされる者自身と情交関係を結ぶのであるから、それが賄賂であるとは気付きにくいこと、もし、被告人においてそれが賄賂であると気付けば、その職業倫理意識からしても、当然これを拒否したはずであることなどの点を指摘して、被告人は、A女と情交関係を結ぶについて、それが男女間の愛情に基づくものと信じ込んでいたのであつて、被告人には賄賂性の認識がなかつた、というのであるが、男女間の情交も賄賂にあたるとされることは、後記のとおり、判例上明らかなところであり、被告人としても、職業柄そのことを当然知つていたものと思われ、更に、女性被告人と担当裁判官との間に男女間の愛情が生じるというようなことは普通では考えられないところであつて、被告人においても、A女と情交関係を結ぶについて、それが純粋に男女間の愛情に基づくものと信じ込んでいたとは到底思われない。

もつとも、原判決は、前記のとおり、被告人の原審公判廷における供述、原審第一回公判調書中の被告人の供述部分及び被告人の検察官に対する供述調書六通をも証拠として挙示しているのであるが、原判示第二の事実からすると、原判決も、右の各証拠のうち前記の信用することができない部分はいずれもこれを採用しない趣旨であることが明らかである。論旨は理由がない。

控訴趣意中原判示第二の事実に関する法令適用の誤りの主張について

所論は、要するに、原判示第二のように被告人が贈賄者であるとされるA女自身と情交関係を結ぶことは、刑法一九七条一項前段にいう「賄賂」の収受には該当しないのに、原判決がこれを右「賄賂」の収受に該当するとして処断したのは法令の適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかし、原判決が被告人の原判示第二の所為を刑法一九七条一項前段に該当するとして処断したことは正当であり(ただし、原判決の法令の適用欄に「同法一九七条前段」とあるのは「同法一九七条一項前段」の誤記である。)、所論にかんがみ検討しても、原判決の右法令の適用に誤りがあるものということはできない。すなわち、刑法一九七条一項前段にいう「賄賂」の内容となりうるものは、必ずしも金銭、物品その他の財産的利益に限られず、人の需要、欲望を満たすべき一切の利益を含むものと解するのが相当であり、相手方が贈賄者である場合を含め、異性間の情交もまた「賄賂」の内容となりうることは判例の示すところである(大審院大正四年(れ)第一五七六号同年七月九日判決、最高裁判所昭和三四年(あ)第四七〇号同三六年一月一三日第二小法廷判決。)。そして、被告人は、原判示第二のとおり、A女が、自己の窃盗被告事件の担当裁判官である被告人に対し、右窃盗被告事件について寛大な判決を受けたい趣旨で情交に応ずるものであることを知りながら、A女と情交関係を結んだのであるから、これが自己の職務に関し「賄賂」を収受したことに該当することは明らかである。論旨は理由がない。

控訴趣意中量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の刑の量定は重過ぎて不当である、というのである。

しかし、記録を精査し、かつ、当審における事実取調べの結果をも検討し、これに現われている本件各犯行の動機、態様、罪質及び社会的影響並びに被告人の年齢、経歴、環境及び犯行後における態度など量刑の資料となるべき諸般の情状、殊に、本件は、被告人が、当時小倉簡易裁判所判事の地位にありながら、裁判官としての自覚を欠き、A女に対する窃盗被告事件を担当中、その第二回公判期日後、担当裁判官としての権限を濫用し、事実は、女性被告人であるA女に対して私的な交際を求める意図であるのに、同被告事件についての正当な職権の行使に名を仮託して、A女を喫茶店に呼び出し、自己と同席させて、A女に義務のないことを行わせた(原判示第一)ばかりでなく、更に、同事件の第三回公判期日の前日、担当裁判官として、被告人の立場にあるA女の弱みに付け込み、A女と情交関係を結んでA女から自己の職務に関して賄賂を収受した(原判示第二)という、司法関係者はもとより、他の一般人でさえ信じかねるような、まさに前代未聞の、裁判官としてあるまじき悪行を重ねた事案であつて、それらは、A女に対し多大の屈辱感を与えたばかりでなく、国民の信頼を必要不可欠とする司法の場に拭い去ることのできない一大汚点を残したものであること、しかも、被告人は、本件が明るみに出て、最高裁判所から裁判官訴追委員会に対し罷免の訴追を求められるや、公職選挙法九〇条の規定を悪用し、急きよ福岡県糟屋郡久山町町長選挙に候補者として届出をし、これにより簡易裁判所判事たることを辞したものとみなされるとして、訴追ないし罷免を逃れようと策するの挙に出、そのため、裁判官及び裁判所に対する国民の信頼感を一段と深く傷つけたこと、にもかかわらず、被告人は、本件がA女によつて仕組まれた事案であり、A女が原審公判廷においても偽証しているとして、終始A女を非難してやまず、また、久山町町長選挙に立候補したのも、一刻も早く裁判官の身分を離れて自由に弁明する機会を持ちたいとの一念から出たことであつて、それも、当時報道関係者の激しい取材攻撃にあつて冷静さを欠いていたからであるという筋の通らない弁解に汲汲としてつとめるばかりであつて、被告人には自己の本件所行を省りみてその罪をまともに悔悟する態度が見受けられないことを考え併せると、被告人の本件刑事責任が重いのは当然といわなければならず、被告人がこれまで簡易裁判所判事としてその職務に精励してきたこと、被告人の家族がもろもろの苦労を強いられる羽目に陥つていることなど所論のような事情を十分に参酌しても、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の刑の量定はやむをえないものであつて、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(桑原宗朝 永松昭次郎 早舩嘉一)

<参考・原審判決>

〔主文〕

被告人を懲役一年に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

〔理由〕

(被告人の経歴等)

被告人は、昭和三一年三月九州大学法学部を卒業し、同月裁判所書記官補に任命され、神戸地方裁判所姫路支部勤務を命ぜられ、昭和三三年三月書記官に任命され、昭和四四年簡易裁判所判事選考に合格して簡易裁判所判事に任命され、同年八月一日神戸簡易裁判所判事に補された。

その後、昭和四五年三月喜多方簡易裁判所判事に、昭和四七年五月会津若松簡易裁判所判事(兼ねて喜多方簡易裁判所判事)に、昭和四八年四月西淀川簡易裁判所判事に、昭和五一年三月福岡簡易裁判所判事に、昭和五四年四月一日小倉簡易裁判所判事にそれぞれ補され、小倉簡易裁判所に勤務中のところ、昭和五五年一〇月一二日福岡県糟屋郡久山町長選挙(同月一九日施行)に立候補届出をしたため、公職選挙法九〇条の規定により裁判官を辞したものとみなされるに至つた。

なお、小倉簡易裁判所勤務中は、福岡市西区所在の宿舎から国鉄を利用して通勤していた。

(職務権限等)

一 被告人は、昭和五四年四月一日以降小倉簡易裁判所判事として勤務し、同裁判所に係属する民・刑事各事件全般について裁判官としての一般的職務権限を有していたが、事務分配の定めにより、刑事第一審通常事件、略式命令請求事件(交通切符事件)、令状事件、民事調停事件、仮差押・仮処分事件など、民事及び刑事に関する諸事件を担当し、処理した。

二 昭和五五年四月一八日、A女に対する窃盗被告事件が小倉簡易裁判所に起訴され、同事件は同庁昭和五五年(ろ)第七七号事件(以下単に「原事件」と略称することがある。)として係属し、前記事務分配の定めるところにより被告人に配付された。被告人は以後同事件の審理を担当した。

三 従つて、被告人は、原事件に関し、当該被告人の召喚(刑訴法五七条、六五条二項、二七四条等)、同被告人に対する出頭命令及び同行命令(同法六八条)、公判準備手続の施行(刑訴規則一九四条)、求釈明(同規則二〇八条)、職権証拠調べの実施(刑訴法二九八条二項)、被告人質問(同法三一一条二項)、刑の言渡しの判決及び刑の執行猶予の言渡し(同法三三三条)等法令で定める権限の外、右事件につき適正、迅速なる裁判の実現をはかるための全般的訴訟指揮権を有していたものである。

(原事件の審理経過等)

一 原事件の公訴事実の要旨は、「被告人A女は、昭和五四年一二月二一日、北九州市小倉北区片野新町所在の喫茶店『ジロー』ことB女方において、同女所有の指輪一個(時価一三〇万円相当)を窃取した。」というものである。

二 第一回公判期日(昭和五五年五月二一日)において、A女は公訴事実を自白し、弁護人(国選)も同旨の意見を述べ、検察官請求の証拠の取調べを終了し、被害弁償をするために続行となつた。取調べずみの証拠によると、A女の住居、職業、身上(過去に結婚したことはないが、交際した男性があること、目下独身で、「クラブ」にホステスとして勤めていることなど。)、家族関係、経歴、職歴、裁判歴(昭和四四年に窃盗罪で懲役一年六月、三年間執行猶予に、昭和四五年に窃盗罪で懲役一年、五年間執行猶予、保護観察付き)などが明らかにされている。

三 第二回公判期日(同年六月一八日)において、弁護人請求の証人B女(被害者)に対する尋問及び職権による被告人質問が行われ、再度被害弁償のため続行となつた。

四 第三回公判期日(同年七月一六日、本件各犯行後)において、弁護人請求の書証(B女作成のA女宛の一〇万円の領収証)の証拠調べ、職権による被告人質問が行なわれたのち、検察官の論告、弁護人の弁論及び被告人の最終陳述がなされて弁論が終結され、次回公判期日(判決宣告期日)が同年八月六日と指定、告知された。

五 同年八月六日に予定の第四回公判期日は、検察官及び弁護人同意のもとに、同月五日付で職権により、同月二七日に変更する旨の公判期日変更決定がなされた。なお、右公判期日の変更は、被告人の父Yが八月四日に死亡し、八月六日に葬儀が行なわれたためである。

六 第四回公判期日(同月二七日)は、弁護人の請求により、弁論再開決定がなされたうえ、弁護人請求の書証(B女各作成のA女宛の六〇万円、五〇万円の各領収証)の証拠調べ、職権による被告人質問が行なわれたのち、検察官の論告、弁護人の弁論及び被告人の最終陳述がなされて弁論が終結され、即日、「被告人A女を懲役一〇月に処し、三年間右刑の執行を猶予する。訴訟費用は被告人に負担させない。」旨の判決が宣告された。

(罪となるべき事実)

被告人は、小倉簡易裁判所判事として、A女に対する窃盗被告事件の審判を担当し、前記の諸権限を有していたものであるが、

第一 真実は右A女に対し自己との交際を求める意図であるのに、あたかも右被告事件についての被害弁償状況を尋ね、あるいは促すなど事件審判上の必要から同女の出頭を求めるものであるかのように装い、右被告事件を審理中の昭和五五年七月一一日午後八時四〇分ころ、北九州市小倉北区浅野町一丁目一番一号国鉄小倉駅構内の赤電話から、同区若富士町五番一号の、同女がその二階に居住する喫茶店「カド」に電話をかけ、居合わせた同女に対し、「裁判所の判事の安川ですが。」「例の件の弁償はどうなりましたが。」「これから弁償のことで、ちよつと会えないかな。」などと申し向け、同女をして、自己の被告事件について担当の裁判官から職務上出頭を求められたものと誤信させたうえ、同日午後九時ころ、前記小倉駅に近い同区京町二丁目四番二七号所在の喫茶店「カーミン」まで出向かせ、そのころから同日午後九時三〇分ころまでの間、同店内に同席させ、もつて自己の職権を濫用して同女をして義務なきことを行なわせ、

第二 右事件を審理中の同月一五日午後七時三〇分ころ、北九州市小倉北区船頭町二番一六号所在の丸山旅館において、右A女が右被告事件について寛大な判決を受けたい趣旨で情交に応ずるものであることを知りながら、そのころ、同所において同女と情交関係を結び、もつて自己の職務に関し賄賂を収受した、

ものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張等について)

第一 被告人及び弁護人は、判示各事実につき、いずれも犯意を否定するなど、その罪責を争うので、まず本件犯行に至る経緯、犯行前後の事情等につき検討するに、前顕各証拠によると判示事実の外、次の各事実が認められる。

一 被告人は、昭和五五年七月一一日午後六時から八時ころまでの間、北九州市小倉北区下到津所在の下到津公民館において開催された裁判所・検察庁・警察署三庁のいわゆる交通裁判担当者の協議会及びその後の懇親会に出席した。

二 右協議会及び懇親会終了後、被告人は若干酒気を帯びた状態で、帰宅のため、午後八時三〇分ころ、国鉄小倉駅前に着いた。同駅午後八時二五分発(南福岡駅行)の快速電車は既に発車していたので、次の電車の時間待ちをしていた。

三 被告人は、同日午後八時四〇分ころ、同駅構内の赤電話で判示のとおりA女に電話をした。一方、右の電話を受けたA女は、担当裁判官からの弁償に関しての電話であり、しかも当時弁償が殆ど済んでなくて困つていた折でもあつたし、どうしても行かなければならないと思い、小倉駅前所在の喫茶店「カーミン」で落ち合うことを約し、不断着のジーパン姿のまま、直ちにタクシーで「カーミン」へ向かつた。

四 A女は、午後九時ころ「カーミン」前へ行き、待つていた被告人と共に同店内に入つた。当日、小倉は祇園祭で賑わい、「カーミン」も一階は満席だつたので、二階へ行つた。当初は両者相対してテーブルに着いたが、間もなくして、被告人は同女の横に席を移した。被告人は、同店内で、約三〇分間にわたり弁償等の話をした。A女は途中で被告人の態度に不審をいだき、口実をもうけて店外に出るように仕向け、同日午後九時三〇分ころ両者は相前後して同店を出た。

五 被告人は、「カーミン」を出ると、同女に、「お祭を見に行こう。」と誘つたが、同女から断わられると、「気晴らしに歩こう。」と誘いかけた。同女は、自分の担当裁判官からの誘いなので、断わつたら悪いと思い、それに応じた。

六 被告人は、それから、祭で賑わつている同区魚町一丁目、鍛冶町一丁目を経て、堺町一丁目所在の堺町公園付近まで約九〇〇メートルの間を、A女とそぞろに連れ立つて歩き、午後九時五〇分ころ、前記堺町公園付近で、同女と、同月一五日午後六時に前記「カーミン」で再会すること、を約束して別れた。

七 被告人は、「カーミン」でA女に逢つてから堺町公園付近で同女と別れるまでの間に、その時刻、場所、順序等は必ずしも定かでないが、A女に対し、窃盗事件について一般的な意味での被害弁償の必要性、弁償しないときの判決の見通し、原事件についての弁償の見込みの有無、(執行猶予となるための)最低限の弁償額、弁償しないと実刑の可能性があること、本日の電話が交際を求める趣旨のものであることなどをほのめかす一方、以前交際していた女性がA女に似ているので法廷で驚いたどか、自己の趣味や酒の話をしたりし、また歩行中にゲームセンターに立ち寄つたり、A女の腰部に手をまわしたりし、別れ際に弁償にかこつけて再度の密会を求めて、それを応諾させ、かつ、そのときには情交を求めるかも知れないことを暗示した。

八 被告人は、密会を約束した同月一五日午後六時ころ、前記「カーミン」へ赴いてA女が来るのを待つた。A女は、右「カーミン」に電話して、被告人に対し、「友達と会うので遅くなる。」と婉曲に断おつたが、被告人が「遅くなつても待つている。」と答えたので、結審予定の公判期日が翌日に迫つているのに、未だ被害弁償が全く進捗していなかつたこともあつて、担当裁判官である被告人の心証を害しては裁判結果が不利になると考え、すぐさま「カーミン」へ赴くことにした。なお、A女は、このままでは実刑判決を受けるおそれがあることを懸念し、被告人に逢つた際、情交を求められたら、自己に寛大なる判決を受けるため、これに応じるつもりでいた。

九 被告人は、同日午後七時ころ、前記「カーミン」の入口付近で、出向いて来たA女と逢い、同区船頭町方面へ向かつて約二〇〇メートル歩き同町二番一六号所在の丸山旅館前路上に到り、同女と共に同旅館に入つた。

被告人らは、同旅館二階客室に案内され、同室内において判示のとおり情交関係を結んだ。

被告人は、同旅館に到る道中および客室在室中に、同女に対し、弁償額が少ないこと、訴訟費用を払わなくてもよいように手続きしてやることなどを話したり、情交後、暗に執行猶予を付するかのようにほのめかした外、自己の家族関係などについて雑談し、また今後の交際を引続いて求めたりした。被告人等は午後八時ころ同旅館を出て、その足で小倉駅構内へ行き、午後八時少し過ぎころ、両者は別れた。被告人は別れ際に、A女に現金五万円を渡し、弁償金の一部にするようにと言い、被害弁償をした際の領収証の書き方や、領収証を翌日の公判開廷前に弁護人に届けておくよう教示した。

一〇 被告人は、その後、原事件を審理中の七月一九日、同月二三日八月四日及び判決宣告後の九月四日にもA女と連絡し、密会を約束させるなどした。

一一 なお、被告人は、本件に先立つ昭和五五年四月二八日、某裁判官の送別会が小倉北区内の「ひびき荘」で開催され、それに出席し、同会終了後、帰宅の途中、午後八時ころ、国鉄小倉駅構内の赤電話から、かつて(昭和五四年末から昭和五五年二月中旬まで)自己が審理を担当した窃盗等被告人C男の妻D女(当時三〇歳)方(北九州市門司区奥田町)に電話をかけ、同女に対し、「御主人のことで話しがあるので、お会いしたい。」などと言つて、同女を、北九州市門司区所在の国鉄門司駅待合室まで呼び出し、自らも同所へ赴き同日午後八時半ころから約二、三〇分間にわたり、同駅前の喫茶店において、初対面の同女に対し、同女の暮らし向きのこと、服役中の夫のこと、離婚手続きなどのこと、同女の死亡した子供のこと、同女の勤め先のことなどについて話しをし、そのすえ、「困つたことがあつたり、相談したいことがあつたら、相談にのつてあげる。」という趣旨のことを言つて、自己の勤務先の電話番号を教えて別れたことがある。

第二 以上認定の事実をもとにして、被告人及び弁護人らの主張ないしは弁解等について検討する。

一 判示第一の事実関係

1 呼び出し目的について

(一) 被告人は、「当日たまたま待合室で、次回期日の手控を見ているうち、弁償を怠つているA女に直接電話をして、弁償のことを尋ね、かつ、それを促そうと考え、電話をかけたもので、しかも電話だけで用を済ます心算であつて、全く親切心から出たものである。」と弁解する。

しかし、被告人は、小倉駅には午後八時三〇分ころ到着しており、次の下り電車は、小倉駅着午後八時三八分、同駅発午後八時四四分の予定(検八号、報告書)であり、電車待ちの時間は十数分間でしかない。この僅かな時間の、あわただしいときに、待合室で次回期日の手控を見て、A女の件を思い出し、わざわざ電話までして、弁償のことを尋ね、かつ、促そうと思つたなどというのは、一面において、当時通勤等で疲れ、一刻も早く帰宅して休みたいと思つていたという(被告人の当公判廷における供述)被告人の気持とも対比して考えると、余りにも不自然、不合理な行動と言う外ない。また、真に被告人の言うような趣旨の電話であつたのであれば、もう少し弁償についての会話があつて然るべきであると考えられるのに、格別の事情もなく、すぐさま「会えないかな。」と話しが進んでいるなど、まことに不自然である。なお、裁判官として、担当事件の被告人に被害弁償を促すのであれば、弁護人が選任(国選)されていることでもあり、次回公判期日(七月一六日)までには十分な日時があり、なにも七月一一日の夜に、急に電話までして話しておかねばならない必要性も緊急性もなかつたと言うべきである。

(二) また、被告人は、「右の電話の際、被告人の方からA女を呼び出したことはなく、むしろ同女の方から、『出向いて行く。』と言つた。」と弁解する。

しかし、それまでの両者の関係は、裁判官対被告人という立場であり、法廷で二回(第一、二回公判期日)会つたに過ぎないA女が、前判示のように、「例の件の弁償はどうなりましたか。」と問われただけで、たとえ相手が担当の裁判官であつたとしても、直ちに右のような申し出をしたとは考えられない。被告人のこの点の弁解は、前認定の状況に照らし、余りにも不自然で到底信用できるものではない。さらに、「カーミン」内で被害弁償の話が終つて店外に出たあと、小倉駅とは反対方向に、祇園祭で賑わう街をA女と共に約二〇分間にわたりそぞろ歩きをしており、その際私的な話題を持ち出したり、男女間の交際を求める気持を暗示したりしていることを考えれば純粋に親切心から出た弁償の勧告のみが目的であつたとは到底考え難いところである。

(三) 以上のとおり、被告人の右各弁解は到底信用できず、前記第一の一ないし一一に認定の諸事情を総合して考察すると、被告人は判示目的のもとに本件の電話をかけて、A女を出頭させたうえ、同席させたものと言うべきである。

2 本件呼び出し行為が職権行使の外形をとつているか否かについて

(一) 弁護人は、この点について、職権仮託行為であると言えるためには、その行為の相手方から見て、その公務員の行為が、適法な職権行為であると誤認あるいは誤信させる程度に、職権行為としての外形をそなえているか否かが重要なことである。このような観点から本件をみるに、(1)本件を仮に「呼び出し」と見ても、それは、電話による夜間の、かつ、日時、場所を特定しないものであるから、裁判官が被告人に出頭を求める行為とはみられない。(2)「カーミン」での同席は、夜の喫茶店での、コーヒーを飲みながら、喫煙しながらの会話であり、裁判官の職権行為としての外形は見られない。(3)被告人は法服も着ず、検察官、弁護人、書記官の立会いもないのであるから、職権行為の外形はない。(4)A女は、それまでの裁判歴からして、本件が裁判官の職権行為でないことは十分わかつていた筈である。従つて、職権仮託行為に該当しない、と主張する。

(二) 刑法一九三条にいう「職権の濫用」とは、公務員が、その一般的職務権限に属する事項につき、職権の行使に仮託して実質的、具体的に違法、不当な行為をすることを指称するが、職権の行使に仮託した行為と言えるためには、職権行使の相手方をして、その行為を職権の行使と誤信させるに足りるだけの外形をそなえていることが必要である。

(三) ところで裁判所は、訴訟の審理に一定の秩序を与え判決に到達するための合目的的活動として、いわゆる訴訟指揮権を有する。この訴訟指揮権は、判決宣告を除く手続きの全領域に及び、単に公判期日における訴訟行為だけでなく公判期日外の訴訟行為も含み、また形式的事項に限らず実質的事項についての裁判所の訴訟活動もこれに包含される。そして、訴訟指揮権の行使は、法及び規則に規定のあるものについてはそれに従うべきは当然であるが、必ずしも明文の根拠がなければ行使できないものではない。

たとえば、第一回公判期日後において、事件の審理、進行上の必要から事実上の公判準備(打ち合わせ)として、担当裁判官が、訴訟関係人(被告人を含む。)に対し、任意の出頭を求めたうえ、訴訟の審理、進行予定等の打ち合わせをしたり、被害弁償の進捗状況や示談の進行状況等について質問したり釈明を求めたりし、また、これらに関連して在廷証人の準備や提出予定の書証(例えば領収証等)を相手方に事前に閲覧に供しておくように勧告する場合なども右訴訟指揮の一態様であると言える。

そして、右のような事実上の公判準備の実施にあたつては、当事者への呼び出しは適宜の方法(電話、口頭、書面等)により、出頭場所(打ち合わせのための場所)も裁判所の庁舎内の適当な場所(共用室、会議室、裁判官室等)であればよく、出頭の日時も、猶予期間をおくなどして予め特定(指定)しておかねばならないものではない。また、右の出頭は強制されることなく、訴訟関係人全員の出頭さえ必ずしも必要ではない。さらに、時には書記官の出席すら必要としない場合もあり、書記官、裁判官の制服(法服)の着用は不要である。こうした事実上の公判準備のあり方は実務上慣例化していると言うことができる。

これを本件につきみるに、本件は、前判示のとおり、当該被告事件の審理を担当する裁判官が、当該被告人に対し、自己がその裁判官である旨及び名前を告げ、当該事件の弁償状況を尋ね、かつ、弁償を促すつもりで、当該被告人の出頭を求め、喫茶店で同席のうえ、弁償等に関して話しをしたというもので、外形上、その時刻(時間)が裁判所の平常の執務時間内でないことと場所が裁判所の庁舎内でないということを除けば、前記の事実上の公判準備(打ち合わせ)におけるそれと殆ど異なるところがないのである。

そこで、右の時間及び場所の点と職権行使の外形性との関係について考えてみるに、刑事裁判の実務上、庁舎内での夜間執務(緊急を要する決定をする場合、例えば勾留の執行停止、勾留の裁判に関する準抗告事件の審理等)は時々あることであり、裁判所外での証人尋問(刑訴法一五八条、二八一条)及び裁判所外における検証(同法一二八条以下)などはしばしば行なわれることで、それが夜間に行なわれたり、夜間に及ぶことも間々あることである。また、そうした証拠調等の模様が報道機関によつて一般に報道されることが珍しくないことも経験上明らかであると言つてもよい。そうすると、刑事裁判の実務上、夜間に裁判所庁舎内文は裁判所外において種々の執務がなされていることは、一般にある程度理解されているものと言うことができる。そして、本件の場合、右の「時間」は午後八時四〇分ころから午後九時三〇分ころまでで、未だ「深夜」とか「就寝時間」といわれる程には遅くなく、その「場所」も前記喫茶店「カーミソ」であり、通常の待ち合わせや用談等の場所として不適な所ではないのであるから、ただ右の「時間」及び「場所」のみをとらえて、裁判官の職務執行の外形を全く否定するのは妥当ではない。しかし、右の「時間」及び「場所」が裁判官の行なう前記の公判準備ないしは打ち合わせのそれとして相当でないことは多言を要しないところである。勿論、法曹関係者が学識経験者など刑事裁判の実務に精通している者ならば、本件の「呼び出し」や「同席」について、すぐに、その「時間」及び「場所」の点から、裁判官の適法な職務の執行か否かに疑問を持つであろうが、刑事裁判の実務に疎い通常人、しかも当該事件の被告人としての立場にある者からみて、その用件が被害弁償という極めて重要なことに関するものであつたことなど本件諸般の事情に照らすと、前記の「時間」や「場所」について、それが職権の行使か否かに関し格別の疑念をいだくことなく、職務上の「呼び出し」であると信じて出頭したうえ「同席」したとしても、それは無理からぬことと言うべきである。A女自身も前記認定のとおり担当裁判官の適法な職務の執行と誤信したからこそ、不断着のまま、すぐさまタクシーで相当の距離のところを出向いたうえ「同席」(途中で、職務の執行か否かについて不審をいだいたことは前記のとおり)したのである。つまるところ、本件の核心的事実は、裁判官が、強制力を伴う権限を含む強大な職務上の権限を有していることを前提にして、出頭を求めた者が事件の審理を担当する当該裁判官で、その用件が当該事件で最も重要な被害弁償に関するものであつたということであり、これを直視するならば、「時間」や「場所」の点について若干不審の点はあるものの、全体として、本件行為が職権の行使としてなされたものとして、その相手方を誤信させるに足りるだけの外形をそなえていたと認めるのが相当である。

3 なお付言しておくに、本件の出頭ないしは同席は任意的なものであるが、前記のような裁判官対被告人という関係からして、A女に対し、本件被告人の求めに応ずべき事実上の負担を生ぜしめる効果を有することは多言を要せず、それが濫用されればA女をして義務なきことを行なわせるに足りるものであることが明らかであるから、いわゆる一般的職務権限の存在に欠けるところはないと言うべきである。

二 判示第二の事実関係

収賄の故意について

(一) 被告人は、この点につき、「A女と情交関係を結んだのは、七月一一日以降両者が互いに好意を寄せ合つた結果であつて、同女が寛大な判決を受けたいとの趣旨でこれに応じることを知りながら情交をしたものではない。」と弁解する。

しかし、七月一一日に約一時間、A女と会つて話した外には、法廷で裁判官と被告人という立場で二回しか会つていない両者の間に、真に被告人の言うような愛情ないしは大人としての情愛が生じるとみるのは、前記認定の諸事情に照らし容易に納得できるものではない。被告人の右弁解はたやすく信用できない。

(二) 他面、A女自身が寛大な判決を受けたいとの趣旨で情交に応じたことは前認定のとおりで、当時弁償の見込みが殆どなく、被害金額も多額で、前に裁判歴があること、そのままでは実刑判決を受ける可能性が極めて強い状況にあつたこと等を併せ考えると、A女の前記心情は自然であり、措信するに足りると考えられる。

(三) その外、さきに認定した七月一一日及び七月一五日の被告人の言動にかんがみると、判示のように、寛大な判決を受けたいとの趣旨でこれに応ずるものであることを知りながら情交関係を結んだと認めるのが相当である。

第三 結論

以上のとおりであるから、被告人及び弁護人らの主張ないし弁解はすべて採用できない。

(法令の運用)<省略>

(量刑の事情)

本件は、法律の公正な適用を職責とする現職の裁判官が、現に担当する事件の被告人に対し、職権を濫用し、かつ収賄をしたという職務犯罪である。

被告人は、自己の行為によつてA女に屈辱感を与えたのみならず、裁判官及び裁判所の信用を著しく傷つけ、司法の権威を失墜させたもので、その刑事上の責任は重大である。

しかも、事件発覚後判決に至るまで、自己の行為についての反省が全くみられず、不自然かつ不合理な弁解に終始したことは極めて遺憾である。

本件諸般の事情を考慮し、主文掲記の刑に処するのが相当であると思料した次第である。

よつて主文のとおり判決する。

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